2015-03

土着ワークショップvol.9 「流しびな」レポート

わら

3月1日、空気もまだ冷たい中、土着ワークショップvol.9「流しびな」づくりを行いました。

「流しびな」は、現在のひなまつりの原形にあたるようなもので、形代(穢れをそれに託す)として紙の人形(ひとかた)をつくり、女の子が健やかに育つよう祈りを込めて「桟俵(さんだわら)」というワラ細工の船に乗せ、川へ流すという風習が古くからあります。鳥取の用瀬(もちがせ)や京都の下鴨神社にはその風習や神事が残り、今もその風情ある催しは、桃の節句の日に行われています。

ここ新潟でも「桟俵」はかつては身近なもので、米俵の側面に使われていた藁細工です。米俵が使われなくなり、すっかり身近ではなくなってしまった「桟俵」を自分の手でつくり、雛祭りに贈ったり飾ったりできて、愛着の持てる「流しびな」をつくってみようということで、昨年から始めたこの企画。

まず、材料はこちら。

材料

講師の山際辰夫さんが、お正月飾り用に昨年拵えた青刈りした稲わらと、山際さんが発案された「桟俵」づくりのための道具です。

さんだわら

上の写真は、米俵に使う「桟俵」。これを作るには、石臼などを重しにしたり、人が上から乗って編んでいくというのが通常なのですが、飾り用のものは小さいため、上から乗るのは難しいということで、山際さんが円板2枚で挿んで、座りながら手元で編める道具をお考えになったそうです。前回は段ボールで作っていた円板ですが、改良を加えてこのたび木製になりました。

全景

今回のワークショップは、小学1年生のお子さんも参加してくれました!「流しびな」の説明をした時、「それ、絵本でみたよ」と教えてくれました。探したら確かにありました!

絵本『ながしびなのねがいごと』(岡信子著、イラスト:広川 沙映子、世界文化社/1987)
ながしびなのねがいごと

今は手に入りにくいようで、後日さっそく図書館で予約し、借りることができました。ひなまつりに読んであげたい絵本、おすすめです。5歳の娘も気に入っています。

さっそく「桟俵」づくりに入ります。

ワラをわける

一人あたりこのくらいと、手の感触で分量を分けます。

切りそろえる

根元に近い方を揃え、40㎝程度に切ります。真ん中はギュッと固く麻ひもなどで結びます。

ばななみたい

ワラ束をバナナの皮むきのように半分のところまで折り曲げ、均一な円盤となるように広げます。

広げる1

広げる2

上半分、下半分それぞれ広げると、平らな円盤状のものになります。

固定

それを2枚の円板ではさみながらネジで道具に固定。このとき+ドライバーでしっかり、まっすぐ固定することが肝心です。

あみスタート

固定できたら、いよいよ編み作業へ。「編み」といっても複雑な作業ではなく、3本程度のワラを掴み、隣りの3本程度のワラに交差させ最初のワラ束を横に倒す。それをひたすら一周分繰り返すのですが、円板の淵に沿って、同じ本数だけわら束をつかむ。この2点に注意さえすれば、スムーズに仕上がりもきれいにできます。

編み作業1

編み作業2

山際さんも一人一人ていねいに教えてくださるので、コツさえつかめば、あとはやるのみ!

親子でつくるのも、とても楽しそうです。

おやこ1

おやこ2

小学生も最後まで編み作業を頑張っていました。

教わり中

そして最後の仕上げ工程へ。最初と最後のワラ束を交差させ、数回ねじって糸で結んで固定します。

しあげ結び

ささくれ切り

はみ出したワラのささくれは、はさみで切って表面をきれいに仕上げます。

さんだわら完成

これで、「桟俵」は完成。

最初は後ろの方で見ていたスイス人のパパも途中参加し、初めてのワラ細工に挑戦することに。

マスター

マスター2

とても器用な方で、あっという間に技をマスターされていました!

続いて、紙びな人形づくりです。

ひなの顔

用意しておいた、ムース粘土の顔と厚紙の人形。お好みの古裂をきもの用に選び、ボンドで貼り付けます。最後は、お顔書き。

人形づくり

実はお顔書きが、一番緊張する作業。失敗しないように、油性ペンで紙びなに命を吹き込みます。

最後は、人形とともに飾り用の桃の花と菜の花を添え、桃の花は「折形(おりかた)」とよばれる伝統的な包みの手法で「花包み」仕立てにして飾りました。

花を入れる

無事みなさん完成して、恒例の記念写真をパチリ!

記念写真

十人十色な「流しびな」はとっても愛らしく、どれも心のこもった作品に仕上がったなと思います。

その後は、完成した「流しびな」を眺めながら、お茶会がスタート!

お茶会

1F、KOKAJIYAスタッフの清水直子さんはじめ皆さんが、今回のために「流しびな」をイメージしたチョイスとすてきなセンスでお茶と甘味を用意してくれました。

お茶会メニューはこちら
・お抹茶(小鍛冶屋に残された茶碗・茶さじ・茶托を使って)
・角屋悦堂の水ようかん(岩室温泉の老舗和菓子屋さんの冬の看板メニュー!)
・「水に流す」をイメージした波の干菓子
・清水さんお手製のひなあられ

お茶と流しびな1

お茶と流しびな2

一人一人違うお茶碗でいただいたお抹茶に、ほどよい甘さで口どけのよい水ようかんがよく合って、どれもとても美味しかったです。実はKOKAJIYAスタッフが前もって、角屋悦堂の奥様にお茶のたて方を教わりに行っていたとのこと。

茶道具

もともと小鍛冶屋では、住んでおられたご夫婦が地域の方にこの2階でお茶やお花を教えていらしたというご縁から、茶碗や茶さじなどさまざまな道具が残されていました。それをこうして再び使うことができたのも嬉しい偶然です。KOKAJIYAのある岩室温泉。この地域の持つ文化や小鍛冶屋という場の潜在性、地域の方に支えられていることを改めて実感したお茶会でした。

お茶会全景

3時間に及ぶ長丁場のワークショップでしたが、最後まで和やかに、子どもたちも一緒にひな祭り気分を味わうことができました。ご参加の皆様、きめ細やかな準備をしてくれたKOKAJIYAスタッフに感謝です!
また来年も続けていきたいと思います。

Posted on 2015-03-25 | Posted in お知らせ, 土着ワークショップ [DWS]No Comments »

 

「にいがたアグリピクニック」活動記録写真展 開催中(~3/22まで)

あたたかくなってきたかと思いきや、吹雪になったりと、まさに三寒四温な日々が続きます。

先週末より室礼では、ささやかな写真展を開催しています。おもに昨年初夏から冬にかけておこなった「にいがたアグリピクニック」(※)を振り返る写真展です。

写真展

「にいがたアグリピクニック」や2013年より行っている「土着ワークショップ」(※※)を通して見えてきたのは、新潟の土、水、風、自然のちから、そしてそこから素材を活かす知恵や手仕事のような技術。さらには人との交わりや生きる楽しみ(文化)を見出してきた人々の長く、深い蓄積や記憶の存在です。

そういったもの一つ一つと丁寧に向き合うことで、今の生活に少しずつ拠り所や、将来的な強み、生きる充足感につながる何かを見出すことができるのではないか。季節が途切れること無く巡ってゆく中で、瞬間瞬間を楽しみながら過ごすための体験や機会を、今後もつくっていきたいと思っています。

3/15(日)までは、岩室温泉では「アートサイト岩室温泉」も開催され、春の気配にムサビ(武蔵野美術大学)の学生たちが一花もふた花も添えてくれて、街も活気づいています。ぜひ温泉街に点在するアートとともに、KOKAJIYAでお食事or喫茶を楽しみつつ、室礼の写真展も眺めにお立ち寄りください。展示は3/22(日)まで。期間中、ワラ細工の講師としていつもお世話になっている黒埼民具保存会の山際辰夫さんご夫妻の民具(ほうきや鍋敷きなど)の販売も行っております。そちらもどうぞご覧ください!

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にいがたアグリピクニック活動記録写真展
2015年3月8日(日)~22(日)
OPEN:11:30 2F喫茶営業時間:14:30~21:00

火曜・第一水曜定休

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「農業大国」と呼ばれるここ新潟であっても、私たちは普段の生活で、「農」に触れることは、なかなかありません。産直所や朝市も身近にはありますが、日々の食材の多くはスーパーで買うのが当たりまえです。しかし、目線を少し変えれば、その美味しい食材が作られている現場は、私たちの街のすぐそこにあります。その生産の現場から、食材のこと、またそれに付随する大切な文化を知る機会が創れるはず。今、失われつつある農作業や保存食づくり、その副産物からできる手仕事(梅仕事、はざ架け米、干し柿、ワラ細工など)に着目し、「イベントに参加することで自分たちが食べている物を作るフィールドに、まずは立ってみる」。そんな体験型農作業イベントの実施を企画しました。「にいがたアグリピクニック」と題したこの活動は、地域の皆さんや生産者の皆さんと協力し、2014年の初夏から冬にかけて行いました。

にいがたアグリピクニック企画/運営:山倉あゆみ(foodrop)、桾沢厚子(ブリコール)
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アグリピクニック写真

<にいがたアグリピクニックの活動記録>

夏井のはざ架け米プロジェクト
2014.5. 田植え、9.29稲刈り&はざ架け、10.10はざ下ろし
夏井の田んぼ、はざ木(西蒲区夏井)
(協力)山上力、阿部朝幸(ベリー農園)、小倉壮平・笛木憲弘(いわむろや)
(特別参加)岩室小学校5年生、BSN放送「ダイばん!」県内4大学の学生レポーター

●[土着ワークショップ] うめしごと01 青梅シロップ&梅味噌
2014.6.16収穫体験、6.18 ワークショップ
KOKAJIYA&室礼
(講師)佐藤千裕、(協力農家)高松利行・ひかり夫妻(ひかり畑)

●[土着ワークショップ] うめしごと02 梅干し&梅酢漬け
2014.7.10前編、8.19後編
前編=いわむろや、後編=三方舎 書斎ギャラリー
(講師)佐藤千裕、(協力農家)高松利行・ひかり夫妻(ひかり畑)

●[番外編] アグリピクニックcafé @新潟三越
2014.9.9〜15
新潟三越1階ライオン側入口

●[土着ワークショップ] はさがけ新米ごはん&ワラ細工・カマダイづくり
2014.10.19 室礼
(講師)黒埼民具保存会 山際辰夫・山際裕子
(協力農家)山上力、阿部朝幸(はさがけ米、稲ワラ提供)

●[土着ワークショップ] 干し柿づくり
2014.11.3前編、12.7後編
前編=いわむろや、KOKAJIYA 後編=室礼
(講師)高塚俊郎(タカツカ農園) (協力)柿ガール、吉岡ちえみ

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<山際ご夫妻の民具販売ラインナップ>

・藁草履、布草履
・イ草鍋敷き
・米俵
・棕櫚の手箒、草ぼうき、キビぼうき

わら草履

「にいがたアグリピクニック」(事業者:foodrop)は、新潟市シティプロモーション認定事業です。

※※「土着ワークショップ」は、地域の生活の技術をゆるやかに継承することと、今後の「土着的行為」に繋がるような種(=基礎技術)をまくことを目的とするワークショップ。2013年10月より、KOKAJIYA2F「室礼」をメインに不定期開催しています。カマダイ(ワラ細工)、梅仕事、干し柿の他、これまでに流し雛(ワラ細工)、煮ざる(竹細工)卵つと(ワラ細工)なども開催。

Posted on 2015-03-12 | Posted in お知らせ, イベントNo Comments »

 

土着ワークショップvol.8 レポート後編 「民具の茶話会」

後編では、山際辰夫さんと五十嵐稔さんを交えた「民具の茶話会」対談のもようをレポートします。(前編「卵つとづくり」は、こちら

茶話会スタート

話し手:
五十嵐 稔(新潟県民具学会会長、三条市生まれの82歳)【写真向かって右】
山際 辰夫(黒埼民具保存会会長、新潟市西区在住の86歳)【写真向かって左】

聞き手:
桾沢 厚子(ブリコール)

桾沢: 今回私は「卵つと」の造形に惹かれワークショップを開いたのですが、今日は「つくる」だけでなく趣向を変え、いつも講師をしてくださる藁細工職人の山際さんと、藁細工はもちろん全国の民具について現地に足を運んで調査・記録などをなさっている五十嵐稔さんをお招きし、藁細工をメインとした民具にまつわるお話を小一時間伺いたいと思います。

<ゲストの自己紹介の後>

米俵真

桾沢: 米俵の側面に使う「桟俵(さんだわら)」。これはなぜ「さんばいし」とも呼ばれるのでしょう?

五十嵐: 「さんだわら帽子」が縮まって「さんばいし」になったんです。江南区木津の桟俵(さんばいし)神楽は、獅子の口を2つの桟俵ではさみ、顔は野菜で作っています。この地域特有の神楽ですよね。

さんばいし神楽
阿賀野川えーとこだ!流域通信より引用

この米を入れる俵、当たり前ですが、稲だけで作られます。でも、麦などはそれ自体で入れ物までは作らない。米は稲全部を使っている。それこそ稲作文化っていうのは、藁の文化とも言えるんです。藁には節があります。この先っぽが芯。芯だけを抜いて、ものを作る場合もある。藁はそのまま使うと固くて使えないんです。だから普通は叩いて使う。でも叩いた後、そのままにしておくとこわばる。叩いたら、その日のうちに使わないと固くなっちゃうので、そうなると縄も綯えない。

桾沢: よく藁仕事は冬の仕事と言われますが、それはなぜですか?
五十嵐: なぜ冬がいいかと言うと、越後の冬は湿気があります。藁はやっぱり湿気が大事なんですね。乾燥しているとプチプチ切れる。だから関東の藁は使いにくい。
桾沢: なるほど。冬の湿気が藁細工に適しているんですね。
五十嵐: そうそう。越後の藁は使いやすく、しかも冬仕事でやるのが基本。夏にもやる例はありますが、だいたいは冬の仕事。そして農家の人は朝早起きです。朝ご飯前にワラ叩きする。

桾沢: 朝食べる前にひと仕事するんですね。すごい!山際さんもいつもお早いんですよね。
山際: 私はもう2時3時起きだね。そうして、稲こき(脱穀機)で穂をみんなとってね。
五十嵐: 農家の人は、みんなそういう習慣があるから冬も早起きなんですよね。朝飯前にワラ叩きやって、ご飯食べて、縄綯いとか俵編みやむしろ織りとかをする。藁には本当にいろんな使い方があるんですよ。はざ架けした藁は、屑がいっぱい付いているでしょ。それを使いやすい(いい)部分だけとって、すぐる。熊手のようなものを使ってやるんだけど、その「ワラすぐり」のあと、叩いて使う。お手元にあるのは、柏崎市高柳町で村おこしの活動で「じょんのびだより」という機関誌を出しているのですが、その中で私が連載で書いた資料です。縄にも左縄と右縄があってね。また「ぐみ」といって、三つ編みのようにしたり、いろんな縄がある。荷縄は左縄で撚りをかけて、3本で三つ編みする。そうすると強くなるんですよ。さらに丈夫にするために、布を混ぜたりもしていました。

桾沢: 新潟の冬によく見られる雪囲い。あの縄も藁縄でしょうか?
五十嵐: そうです。あれは今ほとんど機械で綯っています。昔は手で綯っていた。それこそ昭和になってからは機械が多くなってきて、作業に使う縄はみんな機械だね。藁細工もものによっては、ワラを叩く場合と叩かない場合もある。機能に合わせて使っているんだよね。
山際: 用途によって藁は堅さ、柔らかさはみんな違うんさね。

桾沢: なるほど。ところで、今回作った卵つとのように藁で作った「つと」に煮た大豆を入れると、なぜ納豆ができるんでしょうか?
五十嵐: それは、稲藁には納豆菌がついているから。豆を熱く煮て、その豆をつとこの中にいれて、「卵つと」よりもっと大きいものでね。よく売っているつとこは、折り曲げているから小さい。三条の方は、藁束のまま大豆を入れていましたよ。そして、真ん中に「オトコ」というまじないを入れて、多少縁起のようなものがあるんだれどね。納豆そのものは正月の食べ物で、めでたいもの。昔は正月に食べていました。

山際: 俺たち農家の場合は、だいたい家庭で味噌つくったんですよ。豆を煮て、それを味噌玉にしてね。藁に包んで、軒下にだーっとかけておいてね。だいたい4月頃、味噌を仕込むんさね。あとは納豆もつくった。納豆は、納豆菌を入れていたね。
五十嵐: 三条の方は、12月25日がだいたい豆を煮る日。それは正月に納豆を食べるためでね、「25日納豆」とか呼んでました。雪の中に熱い豆を藁で包んでまとめて筵で覆って、こたつや雪の中に入れて熱が逃げないようにしてね。あとは「藁にお」に入れたり、糠(ぬか)床に入れたり、いろんな工夫をしていました。大晦日の年取りには、ちょうど納豆が食べられるようになった。
桾沢: 納豆がお正月の食べ物ってイメージは全くありませんでした。

五十嵐: 今回作った「卵つと」のように、藁には「ものを包む」役割もあるんです。壊れないように瀬戸物とかも包んでた。あと子どもが、親が農作業している時に外に飛び出ないように、「つぐら」というものの中に入れて布団を被せてた。よく昔の俳句なんかにも出てきますね。使い道は何でもあるんです。このすぐった藁でも、屑も捨てないで布団の中に入れた。そしてもちろん堆肥にもなります。

桾沢: 機械で稲を刈り取った場合、藁はどうなるんですか?
山際: 稲刈り機は収穫しながら、すぐ後ろからみんな藁が砕かれて出てくるんですよ。
桾沢: えー、砕かれてしまうんですね。

五十嵐: 藁は干す(はざ架けする)ために、ワラを束ねるのにも、そのつなぎを藁で作って束ねるんですよ。こうやって縛る時も、挿むだけでとまる。もう藁は穂先から根元まで捨てるところは何もない。言うなれば、これが「藁の文化」だと私は言えると思います。

はざ架け

ひとひら

桾沢: そうですね。先日も「藁の文化」を長年研究されている宮崎清先生にインタビューした際にも、同じお話を伺いました。その内容は、お配りした「シツライ ひとひらvol.5」にもまとめてあります。資源循環の中にある藁の存在。機械化や石油製品の登場・多様化によって、私たちは藁製品を身近に見なくなった。そういう時に、今この藁の存在が何を教えてくれるかっていうことが大事だと思うんですよね。五十嵐さんは、今後この藁がどうなっていくのか。どんなイメージもっていらっしゃいますか?

五十嵐: 稲作文化の日本ですから、藁を使う文化っていうのは、日本が世界に誇るものだと思います。これは人間の基本となる手の動きとかね、自然と子どもの時から、縄を綯ったり、いろんなことをしていると、それが身体に馴染んできて、私のように80過ぎてもこうやって縄を綯うことができるし、自然とものを結ぶとかできる。人間に身についた技術で、これを藁を使いながらやると一番残るんですよね。いろんな用途がある藁なので、それを使ってものをつくることが、人間の身体の動きの基本、技術の基本になってくると思う。だから、これは後世に受け継がれるべきものだろうということで、今日みなさんのように若い人がやって下さることは、大変ありがたいです。なかなか今、藁は捨てられる時代ですけれども、これをなくさないで、また藁そのものの良さが見直されると、今度は、稲刈りの方法とかそういうのにも、また藁を残すような工夫がされる時代がくるかもしれない。そうなってくればいいわけですから、そうなるためにも、藁は非常に大切なものであり、非常に有効な素材であることを、やっぱり稲作そのものを知らない人たちからもそういったことを知ってもらえば、機械をつくる人たちも「じゃあ、藁を残すような稲の刈り方の機械の工夫をしよう」とか収穫方法を工夫しようとか、稲作そのものも「いい藁がとれるような」稲作を工夫するということになってくればいいかなと思います。これはやっぱり日本の基本の文化、基層文化って言い方があると思いますが、それが藁の文化だと思いますので、ぜひ、今後ともこの活動を続けていただければと思います。

<KOKAJIYAの甘味をいただきながらの休憩>

今回の甘味:米粉の抹茶白玉(豆腐入り)あずき(自家製の黒蜜をかけて)

スイーツ01

スイーツ02

感想

参加者の方: 普段は、豪農の館・北方文化博物館におりまして、今日は個人的な参加だったのですが、博物館には展示物としての藁細工、民具もたくさんあって、近所のお年寄りたちがいろんなものを今も作っていらっしゃるのですが、自分ではやったことがなく、チラシの写真を見て「作ってみたいな」と思って参加しました。
山際: 実際にやってみると、またやりたくなるよね。

スイーツ休憩

<茶話会再開>

五十嵐: 「つと」っていうのは、江戸時代なんかはね、地主の家などでは、祝いのお櫃(ひつ)がありますよね。朱塗りなんかのね。でも、貧しい一般の農家ですと、お櫃がない。だから、お祝いに何かを持っていく時には、つとに餅を包んでいくといった風習があったんですよ。江戸時代、十日町の中里のあたりに、金沢瀬兵衛という江戸の武士が訪れ、その地域の事情を体験し、『越(こし)の山つと』(越後の山のお土産)っていう本を書き残したんですよ。鈴木牧之の『北越雪譜』は有名ですけど、紛争解決に来た武士が、織物のこととか藁仕事のこととか、そういうものを記した。いわゆる紀行文ですね。その中で、藁製品について書いてあって、絵もあるんです。十日町の中央印刷山内商店の山内軍平さんという方が復刻出版されたんです。「山つと」というのは、他所にものを持っていく時の包み、入れ物って意味なんですよね。実は「つと」は草冠に包む「苞」と書きます。藁の活用、同じ苞でもいろんなものがあったってことですよね。人に渡すために、綺麗な藁で包むということが、礼儀、心の表現でもあったんですよね。
山際: うち(西区木場)の方では、「つと」は「つっとこ」って呼んでいました。
五十嵐: 三条では、つとに敬称語の「つとこ」って呼んでたんですよね。

桾沢: 山際さんは長年藁細工をやってこられていますが、その藁は全部自分で手で植えて、青刈りもして全部一からご自身でやられているんですよね。
山際:いやまあ俺は農家生まれで、百姓の経験も何十年とあるんだけど、時代の移り変わりっていうか、ものすごい変わったよね。私たちの頃は、今みたいに乾田化していないんだよね。排水の便が悪い。三本鍬(くわ)で 平たい鍬も使ったりしてやってたんだよ、畝(うね)つくるのに。そういう時代の人間なんで、あまりにも農家の変わり様というかね、今の新しいトラックだとか機械が出てきて、俺たちは「田植え機だけはできないよ」と思ってたけど、それも全部機械でばばばばっーって「たいしたもんだな」って感心してますよ。

巻町双書

五十嵐:
さっきの鍬は、私も調査に関わったこの『角海浜の民具』(内藤富士男編、巻町双書27)にも載っています。それと昔の稲作の苦労は、(会場にいる「旧庄屋佐藤家の火焚きじいさん」こと)齊藤文夫さんの書かれた本に写真がいっぱい載っていますから、ぜひご覧ください。
山際: ここ(腰のあたり)まで浸かるんだよ。田んぼに。
齊藤:ただ股引(ももひき)だけはいて、ゴム長靴なんかないから、足がびりびりするんだて。寒くて。でもやっているうちに自然に足が慣れてきてね。
五十嵐:「ひゃっこーい(つめたい!)」って言いながらも、田打てねえ(田を打つ=耕す)から、中に入んなきゃいけね。それを「足が海老になる」って言ってたね。
山際:そうそう。特に秋になるとね、雨が降るでしょ。そうすると、田んぼの水が増えるんだよ。今みたいに排水機ないから、泥濘(ぬかる)むんですよ。そうすると、女の人もだって腰以上にくるんだよ。だから「かんじき」履いて、縄で編んでさ、板状になったやつ付けて、それでもまだ足の短い人は、かんじきの上に台つけるんさね。箱型の「かんじき」。

斎藤さん加わる

桾沢: そこまで、ご苦労されてでも続けている「藁仕事の楽しみ」の源って何なんでしょう?

山際さん考え中

山際: どういっていいのかのー
五十嵐: 生き方そのもの、そうしなければ生きていけない、ということだったんですよ。そこで生まれて育つんだから、逃げ出すわけにいかない。
山際: 特に亀田郷なんてひどかったんだよね。海抜ゼロ。穂も根元からは刈れなかった。中間ぐらいから刈ったんでないかな。
五十嵐:むかしの農作業の絵をみると、舟にのって稲刈りした。田植えもね。2本の太い竹竿をおいて、その上にあっがって田植えをして、先へ行く時には、両足を動かして、少しずつ進んで田植えをしていくっていうやり方の絵も残っています。今燕市になりましたが、旧分水町の牧ケ花の解良家(良寛の庇護者で有名)にそういう絵が残ってたんです。長岡の新潟県立歴史博物館に絵巻が展示してあります。私はその展示に関わっていて、立体模型にして展示してあります。昔の農作業を知るには、みなとぴあや県立博物館に行くといいですよ。米をつくり、藁をとる。そのために鎌が工夫されたり、道具がいろいろ出てくる。脱穀方法とかもね。稲作が始まった頃は、穂刈りだけで、藁を使っていなかったという説が有力だったのですが、石包丁もあってね。柏崎の別の遺跡では、弥生時代の石器で根刈りをした痕跡もあった。だから、弥生時代から藁を使ってた可能性もあったのではと今は考えられています。ただ、発掘しても出てこないわけです。

桾沢: そうですよね。三内丸山遺跡から「縄文ポシェット」と呼ばれる編みかごのようなものが出土したといわれていますが、「編む」行為そのものは縄文時代からあったわけですよね。
五十嵐: そう。藁でなくても木の樹皮を縄にするとか、似たような草を藁と同じような使い方した可能性はあって、そこから藁が出てきてという考え方もできます。まだまだ分からないこともありますけどね。

桾沢: 最後に、五十嵐さんは、なぜ民具に惹かれたのでしょう?

五十嵐さん語る

五十嵐: 三条市の市役所時代ですが、たまたま昭和45年(1970年)に、新潟県の秘境、秋山郷(長野と新潟の境界、新潟県中魚沼郡津南町と長野県下水内郡栄村とにまたがる中津川沿いの地域)に行ったんです。秋山には、信州秋山と越後秋山とがあり、信州側の人は、津南町に一度出てからでないと他所へは行けないという辺境の村だったんです。その新潟県側の民俗調査があり、オブザーバーとして参加したのですが、そこで「土地が違うと、使ういろんなものが違う」とわかったんです。風土といいますか、住んでいる土地の雪が深かったり、山があったり、腰まで浸かるような深い田んぼだったり、山の田んぼだったりと、みんなその土地土地で道具が違うんですよね。そういう民具を調べることで、歴史や文化が違ってきていることがわかる。民具からいろんなことを学ぶことができるなと思ったんです。「歴史」というと書かれたものだけが歴史だと言われるけど、「もの」は、ものを言わない。道具とか絵画とか、言葉にはならない「もの」から、歴史を知ることができる。そう実感したんですよね。そういうことが一つのきっかけだったと思います。

<参加者のみなさんの感想>
「初めて藁を使って作らせてもらったんですが、お話も聞けて、藁の大切さ、藁って便利なものなんだなと。また作ってみたいなと思いました。」
「藁を使うの初めてで、いい匂い、手触り。プラスチックにはない“あったかさ”を感じられて、素敵だなと思いました。」
「私も藁の香りと、自分で作ったときの達成感が感じられてよかったです。縄綯いは難しかったんですけど、楽しめました。」
「私が子どもの頃は、藁製品ってまだあったんですよね。だけど、触ったことがなくて。縄綯いもどうするんだったかなと。向いが農家さんですが、藁を見たことなく、どこにあるのかなと思っていました。」
「三条市が実家で、職場が先ほどの北方文化博物館で、展示にも関わらせていただいています。移築された民家が2つあり、中の展示をきれいにしたいなと思っていて、藁の魅力と可能性を感じました。若い方にも受け入れられるとわかったので、頑張りたいなと思いました。米どころ・新潟の人が、藁細工を作れなくても、作り方くらいは知っている方がかっこいいんだろうなと。これを機にまた興味を深めていきたいと思います。」
「藁を初めて触ってみて、やっぱり慣れないとかなり難しいものだなって思いました。」

コメントを聞いた後、山際さんがぽろっと「いやあ、藁づくり、米づくりってのは楽しんですよ。」とおっしゃった一言がとても印象的でした。最後は恒例の記念写真撮影で終了となりました。参加者の皆様、ゲストのお二人、そしてKOKAJIYAのスタッフ、どうもありがとうございました!

卵つと集合写真

Posted on 2015-03-05 | Posted in お知らせ, 土着ワークショップ [DWS]No Comments »

 

土着ワークショップvol.8 レポート前編 「卵つと」づくり 

2月15日に開催した土着ワークショップ。2013年より始めて早8回目(!)の今回は、ワラ細工の「卵つと(苞)」づくりに初挑戦しました。レポート前編では「卵つとづくり」、後編では五十嵐稔さんの「民具の茶話会」をお伝えします。

ゲストには、お馴染みの山際辰夫さんとともに、三条市から新潟県民具学会(会長)の五十嵐稔さんにもお出でいただき、豪華なベテラン講師陣に恵まれ、スタートしたワークショップ。

スタート

まずは、開催前に試作した「卵つと」の見本を見ながら、これから作るもののイメージを膨らませます。「卵つと」とは、卵を持ち歩くために藁で包んだ藁細工のこと。参考のために本でみた山形の「卵つと」は卵を横向きに包んでいましたが、割れやすいというアドバイスから、縦向きに卵を並べていきます。新潟では縦が主流のようです。

見本

こちらが一人分の材料。

一人分材料

案外、藁は少量です。ここで材料の特徴として、卵を包むベッドのような役割をする藁(上)は、叩かないそのままの固い藁。茎の中に空気を含んでいるため、クッション性抜群です。一方、卵を押さえる紐がわりに使う藁(下)は、圧力機にかけた、いわゆる叩き藁。こちらは、断面が楕円状になって潰れているので、しなやかで、曲げたり結んだりの細工に適しています。卵は5個。昔から卵5個で包むという形が基本のようです。

まずは、ベッドとなる藁束をつくり、卵を乗せる部分(端っこ)を曲げて形を船のように癖づけします。

作業開始

1個目の卵を乗せ、叩き藁を2本とり、真ん中で結びます。この時強く縛りすぎると、当然卵は割れてしまいます。五十嵐さんのお話では、「今の卵は割れやすい」とのこと。むかしの卵は、鶏を外に出してよく運動させていたから、卵そのものも強いのだとか。なので、なおさら注意が必要です。

1個目が難しい

五十嵐さんも何年ぶりかで藁に触ったとおっしゃっていましたが、ブランクを感じさせない手つきです。

五十嵐さんも参加

1人で難しい場合は、2人がかりで始めると確実に作業が進みます。1人は卵を固定し、もう1人が藁で縛る。簡単なようで、卵の表面は結構滑ります。

2人1組

2人1組その2

順調に進めていく大学生のお一人。とっても器用!

3個目

5個までいけば、あとは結んで固定するだけ。

5個までいった

続いては、「縄綯い」に挑戦です。初心者にとっては難しいというこの縄綯い。山際さんの手つきを見ながら、右縄を綯います。

縄綯い01

参加者のみなさん、意外にもすんなり綯われていました。ビックリです。

縄綯い02

手元がとても素敵ですね。手で撚りをかけながら、交差させていく。至ってシンプルな作業ですが、力の入れ具合、スピードなどが直接出来上がりに反映されます。

縄綯い03

縄綯いができたら、両端を結んで「持ち手」部分をつくります。

結ぶ

余分な藁を切って、完成!

完成

それぞれのペースで、集中して作っていらっしゃる姿がなんともいえずいい雰囲気でした。

卵つとづくり全景

「見よう見まね」でこうして、技が伝わっていく様子がいつも清々しいなと思います。

縄綯いの風景

完成した「卵つと」。プラスチックのパックに入っていた時と、全然別物に見えるのはなぜでしょう…。

完成02

先に終わった学生さんが手伝う姿も見られ、微笑ましかったです。

手伝い

こうして「卵つと」づくりは、難なく終了!この後は、これも初の試み「茶話会」のはじまりです。
→レポートは、後編「民具の茶話会」につづく

Posted on 2015-03-05 | Posted in お知らせ, 土着ワークショップ [DWS]No Comments »